« お届け 長毛キジ白くん | トップページ | 大地の子・エイラ »

2006年3月 7日 (火)

かの人の、筆跡

お届け帰りに、例の歴史館  さんに寄らせてもらいました。訪館3度目。

ちょこちょこ展示替えしてますね。やはり目が離せません。
浪士組の名簿、公式版(?)は清河八郎記念館に帰ってしまったようですが、代わり (と言ったら失礼でしょうかスミマセン) に、浪士組参加者の覚書?としての非公式名簿(?)を見せてくれてます。
うん…、やはり彼らの名を記してあるって、同時代の人が書いたって、オーラが強いですねぇ。

学海日録の実物はまだ帰ってきません、それを見に、また行くつもりです
 (どこに行ってるんだろう?、あんがいウチの地元だったりするんだな…)。

飽きずに毎回、長時間貼りついて眺めているのは、例の 「捨助が来たけど入隊させずに帰します」 の手紙。
副長、直筆。
最初に見たときは 「あ~、大河のあのハモリシーンが浮かぶな~」 と思ったけれど、それはすぐに消えてしまって、直筆史料 (資料) のちからというのはすごいです。まぎれもなく当人が書いた、手に触れた、その存在感。

小島資料館さんで公開されているらしいので、熱心な方はとっくの昔に鑑賞なさっておられるでしょうが、私はずっと猫漬けで、こういう贅沢?道楽?とは無縁に過ごしていたもので…。


で、飽きずに眺めてはいますが、しかし…、

    読めない

んですけど (汗。
内容をそのまま活字にしたものと、現代語に意訳(?)したものが添えてありますが、それと照らし合わせても なお読めない部分あり。

…つかぬことをうかがいますが、このひとの字って、上手なんでしょうか?
それ以前に、こんな漢字だらけの文章を、いつ書けるようになったんでしょう?、

子供の時に寺子屋で習った?、百姓の子なら平仮名止まりなのでは?
薬屋は百姓じゃないから、いいのかな?
豪農の子、あるいは本陣の義弟は高度な教育を受けるゆとりがあったのかな?
武士になりたくて竹を植えた、というエピソードが有名ですが、その同じこころざしをもって漢文を学んだ……のかなぁ?? (^^; 。

だって14才から奉公に出たんでしょ…、14才以前に、これだけの文章力を身につけてた…って、あるのかな~?、それとも「奉公に出た」 ってのはオモテ向きで、実際には遊蕩したり手習いの続きを?、遊蕩系のエピソードには事欠かないようですが…(笑)。

それとも大人になって試衛館に押しかけ(?)てから、苦労して学んだ???


字の大きさが不揃いなんですよね…。それと墨の濃淡の差が、あまり無い。
カクカクとやや右上がり、ところどころ気ぜわしげに崩し・続け・流し。

上奏文だの公式文書だのではなく、(おそらく忙しいさなかに) 知人宛にサッと書いたものを、あまり取り沙汰するのもお気の毒ですが…。灯火のもとで書いたから字が大きいのかもしれないし…。

想いは尽きません。じつに興味深い。もっと見てみたいな、直筆書簡。
とりあえず判ったのは、副長は 「新撰組」 (、の字) を用いるということ。

« お届け 長毛キジ白くん | トップページ | 大地の子・エイラ »

500 歴史・ドラマ系」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2271957/63758730

この記事へのトラックバック一覧です: かの人の、筆跡:

« お届け 長毛キジ白くん | トップページ | 大地の子・エイラ »